大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和39年(ワ)7097号 判決

第一事件原告 第二事件被告 亡笠原虎吉相続人 笠原玉江

第三事件被告 笠原ミツエ

右両名訴訟代理人弁護士 多賀健次郎

同 山岸光臣

同 佐藤悌治

第一事件被告 大洋信用金庫

右訴訟代理人弁護士 和田孟

同 鰐川省三

第一事件被告 第二事件原告 第三事件被告 株式会社日東商会

第一事件被告 株式会社共栄商事

右訴訟代理人弁護士 横山正一

同 副聡彦

第二事件被告 第三事件被告 佐藤正雄

右訴訟代理人弁護士 佐々木茂

第三事件原告 片岡甚五兵衛

右訴訟代理人弁護士 福田末一

主文

一、1、第一事件被告株式会社日東商会は同事件原告笠原玉江に対し、別紙物件目録二記載の建物についてなした東京法務局世田谷出張所昭和三九年六月二三日受付第一七、七九〇号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2、第一事件被告株式会社共栄商事は同事件原告笠原玉江に対し、別紙物件目録二記載の建物についてなした東京法務局世田谷出張所昭和三九年二月七日受付第三、〇三二号抵当権設定登記、同第三、〇三三号所有権移転仮登記、同第三、〇三四号賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をせよ。

3、第一事件原告笠原玉江のその余の請求を棄却する。

二、第二事件原告株式会社日東商会の請求をいずれも棄却する。

三、1、第三事件被告株式会社日東商会は同事件原告片岡甚五兵衛に対し、別紙物件目録二記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明渡せ。

2、第三事件原告片岡甚五兵衛のその余の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は、第一ないし第三事件を通じて、第一事件原告笠原玉江と同事件被告大洋信用金庫との間では全部第一事件原告の負担とし、第一事件原告と同事件被告株式会社共栄商事との間では同事件原告に生じた費用の四分の一を同被告の負担、その余は各自の負担とし、第一事件原告(第二事件被告)と同事件被告(第二事件原告)株式会社日東商会との間では第一事件原告(第二事件被告)に生じた費用の五分の一を同第一事件被告(第二事件原告)の負担、その余は各自の負担とし、第二事件原告株式会社日東商会と同事件被告(第三事件被告)佐藤正雄との間では同被告に生じた費用の二分の一を同事件原告の負担、その余は各自の負担とし、第三事件原告片岡甚五兵衛と同事件被告株式会社日東商会との間では第三事件原告に生じた費用の三分の一を同被告の負担、その余は各自の負担とし、第三事件原告と同事件被告笠原ミツエとの間では全部同事件原告の負担とし、第三事件原告と同事件被告(第二事件被告)佐藤正雄との間では同被告に生じた費用の二分の一を同事件原告の負担、その余は各自の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一  第一事件判断。

1. 第一事件請求原因一、二の事実は被告金庫、同共栄商事の認めるところであり、被告日東商会も原告玉江が現在本件建物を所有する事実以外、すなわち、同建物が亡虎吉の所有であったこと、昭和三九年九月二日虎吉は死亡したこと原告玉江がその相続人であること、被告日東商会が請求原因二の各登記を経由していることは認める事実である。

2. 被告金庫は抗弁一、二として、また被告日東商会は抗弁一ないし四として、虎吉が自ら又は被告ミツエを使者もしくは履行補助者として使用して、けっきよく虎吉自身の意思表示により、各被告との間でそれぞれその抗弁のような各登記の原因となる契約を締結したと主張するけれども、右各被告の立証その他の本件全証拠によっても、右抗弁のような各登記の原因となる契約を、その主張のような方法で締結したことを認めることはできない。

3. そこで被告ミツエによる代理行為として契約が締結されたとの抗弁について判断する。

(一)被告金庫の登記原因

被告ミツエが被告金庫の抗弁一にある各契約を虎吉の代理人と称して虎吉の名で昭和三八年六月一四日締結したことは原告玉江の自白するところである。そして右各契約を書面に認めたのが乙第三号証であり、これを登記原因として、被告金庫がその抗弁二のとおり本件建物について第一事件請求原因二の各登記を経由したものであることは、〈証拠〉によって明らかであり、反対の証拠はない。

(二)被告日東商会の登記原因(昭和三八年八月二四日の担保権)

(1)〈証拠〉を総合すれば、被告日東商事は、菊水商事の代表者菊地滋から、虎吉所有の本件建物を担保に用いることについては被告ミツエが病気中の虎吉に代って承諾しているので、同物件を担保に金三〇〇万円の融資を受けたいとの申込を受けたので、菊水商事の藤田宏次の案内で昭和三八年八月二〇日ごろ水野副四郎を本件建物の担保価値の調査および担保提供者となる虎吉の意思の確認のために派遣したこと、水野副四郎は本件建物の内部を見分し、同室内で被告ミツエと担保提供の件について面談し、虎吉に面会するか、もし病気のため面会できないのであれば被告ミツエが虎吉にその意思を再確認して来てもらいたい旨を要求したところ、被告ミツエは暫時座を外し、やがて入室して、虎吉は病臥中で面会はできないが担保提供は承諾している旨を告げたので、担保権設定の登記申請手続に要する書類等について被告ミツエと打ち合わせたのち辞去し、この結果を被告日東商事に報告したこと、そこで同被告は、本件建物の敷地(本件土地)の所有者豊田シヅから本件建物を同被告が代物弁済として取得した場合に備えて、菊水商事の藤田に対し、豊田シヅから借地権譲受についての事前の承諾を取るように要求したところ、藤田は被告ミツエと連れ立って豊田シヅを訪問し、昭和三八年八月二〇日その承諾を得たこと、ここに至って被告日東商会は菊水商事代表者菊地滋に対し、本件建物について極度額金二〇〇万円の根抵当権設定、同債務不履行を停止条件とする代物弁済および賃借権設定をすることと引換に金二〇〇万円の限度で応じる旨を回答し、同月二三日ごろ菊地滋は丙第一号証の「証書貸付契約、手形貸付契約、手形割引契約及び根保証契約並びに根抵当権設定契約書」と題する書面の債務者欄に菊水商事代表者として自署したほか、連帯保証の欄に被告ミツエおよび関都美子の氏名をも記載したとの事実を認めることができる。

〈証拠〉のうち、右認定に反する部分は採用できない。

(2)〈証拠〉によれば、右丙第一号証の連帯保証人兼担保提供者の欄にある笠原虎吉名下の印章、被告ミツエ、関都美子の各印章はいずれも名義人の所有する印顆によって顕出されたものであること、右の各印顆は被告ミツエが菊水商事に渡したものであることが認められ、これに反する証拠はない。

(3)被告日東商事はその後、昭和三九年六月までに、丙第一号証に基づく代物弁済予約完結の場合等の本登記手続に用いる虎吉名義の印鑑証明書が三ケ月で失効するところから、新規の印鑑証明書との交換を少なくとも三回は受けていることは、〈証拠〉から明らかである。

(4)以上(1)ないし(3)の事実を考慮すれば、虎吉の名義で丙第一号証の契約を締結するについても予め被告ミツエの承諾を得ていた旨の証人菊地滋の証言はこれを信用することができ、丙第一号証の文辞は粗雑な嫌いがあるけれども、〈証拠〉を総合すれば、被告ミツエは虎吉作成名義部分については、その代理人として被告日東商事の抗弁一のような各契約を締結することを承諾し、捺印を菊水商事に委ねたものと認めることができる。

被告ミツエ(第二回尋問の結果)は、右契約の締結およびこれを原因とした第一事件請求原因二の被告日東商事の担保権の各登記の存在は、後日、共栄商事の知らせで初めて知ったと供述するけれども、水野副四郎が本件建物の内部まで見て廻り、被告ミツエとも面談したことがあった点は被告ミツエ第二回尋問の結果中で自ら供述しているところであり、水野の来訪が建物内部の見分の時とすれば、それは本件建物の担保価値調査に出向いた時とみるのが妥当である。また被告ミツエ第三回尋問の結果中には、同被告が藤田という男を豊田シヅの許へ案内したことがあった旨の供述も存在する。そして、前記(2)の印顆を菊水商事に渡した趣旨が単なる保管になかったことは被告ミツエの第二回尋問の結果からも窺われるところであり、前記(1)の事実に反する前掲被告ミツエの供述部分は信用できない。他に以上の認定、判断を動かすだけの証拠はない。

(三)被告共栄商事の登記原因

(1)被告共栄商事において第一事件請求原因二の各登記の原因として主張する抗弁三の各契約が、被告共栄商事と虎吉を代理した被告ミツエとの間で締結されたことおよび抗弁二、四の各金員を被告ミツエが虎告の代理人として借り受けたことは、〈証拠〉を総合して認めることができ、これに反する証拠はない。

(2)被告共栄商事は右のほか抗弁一のとおり金一〇〇万円を昭和三八年九月一八日菊水商事に貸渡し、虎吉代理人として被告ミツエがその連帯保証契約を締結したと主張するのに対し、原告玉江は右連帯保証契約および被告共栄商事の登記原因となった各担保契約はいずれも財産保全のためになされた通謀虚偽表示であると主張するので進んでこの点を判断する。

ア、債務発生の月日は別として、昭和三八年当時菊水商事が被告共栄商事に対し金一〇〇万円前後の債務を負っていた事実は〈証拠〉によって認めることができ、反対の証拠はない。そして、〈証拠〉は、昭和三八年九月一八日右金一〇〇万円を貸渡すに先立って、石山得三が被告ミツエを訪問し、虎吉の連帯保証の意思を被告ミツエについて確認したと供述し、〈証拠〉にはそのような趣旨の記載がある。

しかし、被告共栄商事代表者尋問の結果によれば、菊水商事は本件建物を担保に金一〇〇万円の融資を申込み、担保提供を確証するため本件建物の登記済権利証を提示したが、あとで直ちに引渡すと言い、一〇〇万円を受領しながら権利証は持ち帰り、すぐに被告日東商会に対して担保権を設定登記してしまい、菊水商事は約束の権利証をけっきよく持参しなかったと供述し、被告ミツエ第一および第三回尋問の結果によれば、被告ミツエは被告共栄商事から、菊水商事は右一〇〇万円の借受後に被告日東商会のため本件建物に担保権を設定登記し、被告共栄商事に対する本件建物による担保提供の約束を反古にしたと聞かされた事実が認められる。してみると、被告日東商会が本件建物に担保権の設定とその登記を受けたのは前記(二)のとおり昭和三八年八月中であるから、同年九月一八日に金一〇〇万円を貸渡し、かつ連帯保証契約を締結した旨の前掲各証拠はにわかに信用できない。まして証人菊地滋の証言によれば菊水商事は昭和三八年九月一八日に不渡手形を出し、事実上倒産したことが認められるから、このような破局に直面した会社に被告共栄商事が一〇〇万円もの金額を現実に担保を確保することなく、しかも、明確な連帯保証約定書を作成することもなく融資したとは取引の常識上たやすく理解できない。もっとも証人石山得三は、一〇〇万円の貸付に際して被告ミツエから保証契約書を徴したと供述するけれども、これを裏付ける証拠はないから、同供述もにわかに信用できない。証人菊地滋の証言のうち右借受の月日に関する部分は未だ信用するに十分でないところ、他に被告共栄商事主張の頃にその主張のような金一〇〇万円の消費貸借契約が成立したことを認めるに足る証拠はない。

イ、かえって、〈証拠〉によれば、被告ミツエが被告共栄商事を知ったきっかけは、被告共栄商事代表者の石山隆久から電話があり、本件建物は被告日東商会の担保権実行によって取り上げられる危険があるから保全措置を講じるべきであるとの勧めがあったことからであり、これによって被告ミツエは被告共栄商事を頼るようになり、昭和三九年一月三一日には金一一万円を、同年二月六日には金四万円をそれぞれ借り受けるまでになったこと、また、被告共栄商事は被告ミツエに対し、財産保全の方便であると説いて、本件建物は被告共栄商事が賃借しているもののように見せかけるために同商事の表札を掲げさせ、堀某なる人物を本件建物に入居させ、同年二月五日には、同じく財産保全と称して丁第一、二号証の書面に、虎吉の記名および被告ミツエの署名をなさしめ、各自の印顆を押印させた事実を認めることができ、この認定を覆えす証拠はない。

ウ、前記(1)の事実および右ア、イの説示、認定および〈証拠〉を総合すると、丁第一、二号証によって締結された前記(1)の各担保契約は本件建物の保全を意図してなされた通謀虚偽表示による無効なものと言うべきである。けだし、これに被担保債権として表示された債権のうち右ア、イで論じた金一〇〇万円について連帯保証債務が成立していたとは認められないのに、これが丁第一、二号証に表示されていること、丁第一、二号証の作成は財産保全のためとの被告共栄商事の説明を被告ミツエが信じたからであること、その他にも賃貸借の外観を作り出すなどの偽装工作が両者間で示し合わせてなされたことに照らせば、被告共栄商事の隠された真意がどこにあったかは別として、抗弁一の各担保契約は通謀虚偽表示による無効なものと断ぜざるを得ない。

もっとも金一一万円については被告ミツエが現実に入手しているから、虎吉がそうでないとしても被告ミツエの債務であることは明らかであるが、同金銭消費貸借債務が成立した当時、これについて本件建物を担保に差し入れることが約束された形跡は証拠上全く認められないから、丁第一、二号証の作成に当って初めて被担保債権の表示に加えられたものとみるほかない。すなわち、金一〇〇万円の架空の連帯保証債務の存在を仮装して、財産保全のために通謀して丁第一、二号証に表示された虚偽の担保契約が締結されたので、右一一万円の債務も被担保債権の表示に附加されたにすぎないことになり、当事者の意思としては右一一万円の少額債務についてだけ有効に代物弁済等の担保権設定契約を締結する意思はなかったものと認められる。なお、被告共栄商事は丁第一、二号証が作成された翌日に成立した金四万円の債務も被担保債権に加えられたと主張するけれども、そのような担保権設定の合意を認めるに足る証拠はない。(そして、このような少額債権が無担保であることは、抗弁一の各担保契約が通謀虚偽表示として全部無効と解される一つの証左と言わなければならない。)

被告共栄商事の経由した本件各担保権設定登記は有効な原因を欠くものであるから、その抹消を求める原告玉江の請求は理由がある。

4、被告金庫、被告日東商会(被告共栄商事も同様)はそれぞれ、虎吉が被告ミツエに対し本件建物に各担保権を設定する契約を締結するための代理権を授与したと主張するけれども、右被告らの立証そのほか本件全証拠によっても、そのような代理権が授与された事実を認めることはできない。むしろ後記認定のように、被告金庫、被告日東商会の各職員が本件建物の担保価値の調査および虎吉の意思の確認に出向いた際、被告ミツエは口実を構えて各職員を虎吉に会わせないように図った事実に照らせば、被告ミツエは虎告からかかる処分行為についての代理権を与えられていなかったものと推認せざるを得ない。

5、そこで被告らの表見代理の主張について判断する。

(一)基本代理権について

〈証拠〉を総合すれば、

(1)虎吉は戦後間もなく脳溢血を起して倒れ、その後は小康を取り戻して働いたり、再び高血圧症で倒れるなど病状は一進一退を繰り返していたが、昭和三六年ごろからは床に就くことが多くなり、やがて立って歩行することは不可能になり、自宅である本件建物の一室を病室として家庭療養に専念する身となった。虎吉は昭和三八年当時すでに右の状態で歩行不能ではあったが膝行は可能であったから、家庭内での身の廻りの始末は殆ど自分でしていたし、言語、意識にも障害はなく、新聞を読み、テレビに興じるのが日常であった。虎吉は昭和三八年一〇月一一日荒川病院に入院したけれども、入院の動機は治療というより、被告ミツエが心労から同病院に入院することになり、家庭で虎吉の世話をすることができなくなったので、同時に入院することにしたまでであり、以後昭和三九年夏近くなって病状が悪化し、脳軟化症を起すまでは意識も正常であった。

(2)したがって、本件建物の登記済権利証ならびに虎吉の実印は、書類箱に入れて右自宅の病室の虎吉の枕許近くに保管され、虎吉自身がこれを管理していた。

(3)それにもかかわらず、本件建物について、昭和三七年一二月一一日ナチ工具が金七七〇万円の抵当権設定登記を受けた際、昭和三八年六月二〇日右登記が抹消され被告金庫が本件各担保権の設定登記を受けた際、同年八月二四日被告日東商会が本件各担保権の設定登記を受けた際、昭和三九年二月五日被告共栄商事が本件各担保権の設定登記を受けた際および前記(二)(3)のとおり被告日東商会が右登記後ほぼ三ケ月毎に虎吉名義の印鑑証明書の切り換えを受けた際には、いずれも虎吉の実印が行使されており、被告金庫、同日東商会の右担保権設定登記の際は本件建物の権利証も使用されている。この実印の行使および権利証の使用は、虎吉の妻である被告ミツエが虎吉の保管していた実印、権利証を数回にわたり持ち出した結果である

また右各担保権の設定に関連して 昭和三七年一二月ごろから昭和三八年八月二四日ごろまでの間に矢後直義、菊池滋、山崎道雄、水野副四郎らが本件建物に被告ミツエを訪れ、あるいは同宅に電話をかけ、被告ミツエと会談している。

(4)虎吉は昭和三八年一〇月一一日荒川病院に入院する前後のころ、被告ミツエに向って「かあさん、人の判を持ち出してこそこそやってると思ったら」云々との言葉で同被告を詰問している。

(5)そして、右(4)の時に被告ミツエは虎吉に対して、被告金庫、被告日東商会への本件建物の担保提供行為を打ち明けたのであるが、その後の昭和三九年二月五日には前記3(三)(1)、(2)イで認定したとおり、被告ミツエは再び虎吉の実印を使用して被告共栄商事との間で丁第一、二号証の各担保設定契約書を作成している

(6)前記3(一)で説示した昭和三八年六月一四日被告金庫との間の各担保契約の締結に際しては、虎吉と被告ミツエとの間の長女都美子(当時未成年者・婚姻後の氏は関)も同席し、連帯保証人として契約書に連署し、さらに成年に達した後の昭和三八年八月七日には、あらためて追認書を被告金庫宛に提出しているが、この間、母である被告ミツエが虎吉の名で契約を締結することについてなんら疑義をさしはさまず、被告ミツエの所為に反対の意思を表明したこともない。

(7)被告ミツエは、前記3(三)(2)イで認定したとおり、昭和三九年一月三一日に被告共栄商事から金一一万円を借受けたが、内金一〇万円の使途は敷金返還債務の履行に充てるためであった。また被告ミツエはそのほか前同認定のとおり、被告共栄商事の勧めで堀某に本件建物の一部を転貸している。さらに被告ミツエは昭和三九年四月二二日には被告佐藤から契約金名義で金二万円を受領して同年五月一日以降本件建物の一部を賃貸している。しかも、被告佐藤は入院中の虎吉を病気見舞のために訪問し、両者は面談している。

(8)  そのほか、被告ミツエは、本件建物の敷地である本件土地の所有者すなわち、地主豊田シヅに対する地代の支払、本件建物に関する公租、公課の支払はもとより、借賃の増額請求の諾否、(増額承諾後の賃料の支払も勿論含まれる)本件建物の修理、造作取付等についての契約の締結など対外的な法律的、準法律的行為について、外出がかなわない虎吉の代理人として処理してきたが、虎吉をはじめとして長女都美子ら笠原の家族はこのことを当然として、なんら疑を差しはさまなかった。

との事実を認めることができる。被告ミツエ各回尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を動かす証拠はない。

右に認定した各事実を総合すれば、被告ミツエは日常家事の範囲を越え、少なくとも本件建物の保存、管理については、病臥中の虎吉からあらかじめ包括的に代理権を与えられていたものと認めるのが相当である。けだし、被告ミツエがなした本件建物の一部賃貸行為に対して虎吉はじめその家族から異論を唱えられた形跡はないし、本件土地の借賃の増額請求に対する諾否も、被告ミツエが承諾したとおり決定され、支払われて来たところ、これらを含めて、右に認定した各法律行為について、虎吉が個別にその都度被告ミツエに代理権を授与した事実を窺わせる証拠は全く存在しないし、むしろ、長女都美子が被告金庫に対して連帯保証をした際、被告ミツエの代理行為を同席して眼前に見ながら、その場では勿論のこと、その後においてもこの代理行為を非難するような言動を示したことはなく、かえって二ケ月後に追認書を被告金庫に差し入れているほか、前記(4)の虎吉の被告ミツエに対する叱責の言葉からみても、被告ミツエが虎吉の代理行為をしたことが虎吉にとっても全く意想外のことではなかったことが窺われるし、現にその後においても前記(5)のとおり被告ミツエは虎吉の実印を使用することが出来たし、本件建物の一部を賃貸することも虎吉はじめ家族の者から是認されていたものと認められるし、代理権の授与行為は黙示的にもなされることは言うまでもないところであるから、前記各認定事実に基づけば、被告ミツエの所為は、虎吉から少なくとも本件建物の保存、管理の範囲では包括的に代理権が授与されていた結果であると考えざるを得ないからである。

被告ミツエの各回尋問の結果のうち、これに反する部分は採用できないし、他にこれを左右する証拠はない。

(二)被告金庫に対する表見代理の成否

〈証拠〉を総合すれば、

(1)被告ミツエはナチ工具のため本件建物を金二五〇万円の担保に供することを承諾したところ、ナチ工具の代表者矢後直義は被告ミツエの無知に乗じて昭和三七年一二月二二日双和商事に対し金七七〇万円の抵当権を設定した。このことを知った被告ミツエは矢後直義を告訴し、他方、双和商事と抵当権設定登記の抹消について交渉を重ねた結果、昭和三八年六月八日に至って、金一〇〇万円を同月二五日までに支払うときは右抵当権設定登記を抹消する約束を取りつけ、その旨の証明書を双和商事代理人坂本弁護士から受取った。そこで被告ミツエは矢後直義およびその知人菊地滋を介して被告金庫から右弁済資金を借受けようとしたが、そのころ菊地滋から、本件建物を担保に同人が代表者である菊水商事に金六〇〇万円の融資を得させてくれるならば、被告ミツエを菊水商事の取締役に加え、かつ、担保提供の謝礼の意味で月額五万円を支払うとの勧誘があり、不用意にこれを応諾した。これに基づき菊地滋は菊水商事を借主として被告金庫に昭和三八年五月ごろ融資の申込をしたが、被告金庫はけっきよく金三〇〇万円の融資を承諾したので、昭和三八年六月二〇日内金一〇〇万円を虎吉名義で双和商事に支払って前示七七〇万円の抵当権設定登記の抹消を受け、残金二〇〇万円は菊水商事がオリンピック目当の商品の製造事業に用いることになった。

なお、その後、菊地滋は被告日東商会に対して本件建物を担保に金三〇〇万円の融資を申込み、けっきよく金二〇〇万円の融資を受けることになったので、さらに被告共栄商事に対して金一〇〇万円の融資を申込み、年月日は明確でないが、これを借受け、合計六〇〇万円の融資を受けている。

(2)被告金庫は菊水商事から融資申込を受け、虎吉が双和商事に対して金一〇〇万円を前示期限までに完済しないときは抵当権を実行され本件建物を失うという窮地に立っていることを被告ミツエおよび菊地滋から聞き、前示証明書も確認したが、同時に、右一〇〇万円を越えて融資した分は、そっくり菊水商事の事業資金に充てられることをも知り、虎吉の窮境には同情したが、菊水商事の返済能力には万全の信用を抱いていなかったので、被告金庫の山崎道雄は再三被告ミツエに対してこの話は思い止まってはどうかと懸念を示した。被告ミツエも流石に、不安を感じ、菊地滋にこの点を問い質したが、被告ミツエ自身、一〇〇万円の調達に迫られていたこともあり、けっきよく菊地に言いくるめられて、被告金庫に対し金三〇〇万円の融資を要請した。

(3)被告金庫は担保提供者が虎吉であるところから、被告ミツエに対して虎吉との面会を実現するように促したところ、虎吉は中風で病臥中であることを告げられ、他人との面談は難しいとの返事であったが、たって面会したい旨を申し入れ担保価値の調査を兼ねて昭和三八年六月一四日以前に被告金庫の職員を虎吉および被告ミツエ夫婦の居宅である本件建物に差し向けた。

(4)この時、被告ミツエは電話器に布を掛け、その傍には毛布を用意して、あたかも電話の呼鈴の音さえはばかるかの如く装って、虎吉が他人と面会することの出来ない病状のように思わせ、被告金庫の職員に対しても、面会はできないが虎吉に一任されて担保提供することは間違いないと述べ、本件建物の内部を仔細に見分させた。

(5)この結果の報告を聞いた被告金庫は、さらに被告ミツエおよびその長女都美子(当時未成年者ではあったが、二ケ月後には成人に達する年令であった)の連帯保証を求め、万一虎吉が死亡した場合に備えるよう配慮したところ、同年六月一四日の各担保契約締結の席には、被告ミツエおよび都美子が出席し、被告ミツエは虎吉の実印を持参し、虎吉の代理人として、その実印を押捺し、かつ連帯保証人として自署、捺印し、都美子も自署、捺印した。この間、被告ミツエの虎吉を代理する権限の存在について都美子からも異議はさしはさまれなかった。

(6)以上の経緯から、被告金庫も被告ミツエの右代理権の存在について得心し、同月二〇日前記(1)のとおり金一〇〇万円を弁済資金として先ず貸渡し、双和商事から虎吉代理人被告ミツエ宛の受領証を受取ると同時に、当時は検察庁から仮還付を受け双和商事が所持していた本件建物の登記済権利証の引渡を受けた。この双和商事との取引および権利証の措置などの経緯に関しても、被告金庫は被告ミツエの代理権を疑わせるような言動を見聞しなかった。

(7)被告金庫は昭和三八年八月七日成年に達した都美子から右連帯保証契約についての追認を書面で得たが、この際も、担保提供者が虎吉であることについて都美子からはなんら疑念は述べられなかった。

との事実を認めることができる。右各認定を左右する証拠はない。

以上(1)ないし(7)に認定した事実および前記5(一)(1)で認定した虎吉の昭和三八年五、六月当時の病気療養の事実を合わせ考えれば、被告金庫が被告ミツエに代理権があると信じたことは正当な理由があったものと言わなければならない。

もっとも、山崎道雄の証言中には、被告ミツエの話では虎吉の病が篤く、面会は適わない状態であるとのことであったが、被告ミツエの熱心さにほだされて融資に応じたとの趣旨の供述もあるが、同供述も、虎吉が事理の弁護をなし得ないような危篤状態にあると聞かされた趣旨ではなく、単に、他人との取引についての面談はできないというにすぎず、妻に対する代理権の授与の意思表示もなし得ないような重篤な容態と解されない以上(実際も前記5(一)(1)のとおり、常人と大差ない)、右の供述も未だ前示判断を動かすに至らない。かえって、被告金庫は、被告ミツエの右の説明にもかかわらず、職員を派遣して虎吉との面会を求め、これを前記(4)のような作為によって断られているのであるから、虎吉に会う方法は尽してみたものと言えるし、右に認定したように双和商事との紛争は矢後直義の越権ないし権限の乱用が欺罔行為を理由としたものであって、すでに司直の手が入っているにもかかわらず、被告ミツエの代理権については問題になつた形跡がなかったのであるから、本件建物を取り戻すためには、病床からでも虎吉が被告ミツエに対して金策を命じるのがむしろ人情の常であると考えて、代理権の存在を疑わなかったとしても、それには正当の理由があり被告金庫としては取引上相当な注意を払ったものと言うべきである。

右に説示した理由により、被告金庫に対する関係では被告ミツエの表見代理行為が成立するものであり、前記3(一)で説示したとおり、被告金庫の抗弁一記載の各契約に基づき、本件建物について被告金庫の各担保権の設定登記がなされたものである以上、虎吉に対する関係でも右各登記は有効なものである。原告の玉江の抹消請求は理由がない。

(三)被告日東商会に対する表見代理の成否

(1)被告日東商会に対して菊水商事から本件建物を担保に融資を受けたい旨の申込がなされた経緯は前記(二)(1)のとおりである。

(2)〈証拠〉によれば、同人は本件担保権の設定に先立ち、日東商会の担当者として、昭和三八年八月二〇日ごろ菊水商事の藤田宏次を同行して本件建物に赴き、被告ミツエに会い、本件建物の内部を見分したうえ、さらに虎吉の承諾の有無を確認しようとして、虎吉との面会を求めたところ、被告ミツエから、虎吉は病臥中であり、他人との面談はできないと断わられたので、みずから会うことは断念せざるを得なかったが、さらに念のため、被告ミツエに対し、虎吉の了解を今一度この場で取って来てもらいたいと要求したところ、被告ミツエは隣室に入り、何事か話をしている気配がし、やがて水野のいる部屋に戻って来て、虎吉が了解した旨を伝えた事実が認められる。

被告ミツエ各回尋問の結果中には、水野副四郎が当時来訪した事実は全くないとの供述があるけれども、右供述が信用できないことは、前記3(二)(4)で説示したとおりである。他に右認定を左右する証拠はない。

(3)被告日東商会が、被告金庫の前示担保権設定登記の後に、二番担保権者として融資をしてもらいたいとの申込を菊水商事から受けたものであることは証人水野副四郎の第一回証言によって明らかであり、この事実と証人菊地滋の証言を合わせみれば、被告日東商会としては前者である被告金庫が被告ミツエの代理行為によってその担保権の設定を受けたことを認識していたものと認められる。

(4)そして、被告日東商会が被告ミツエに虎吉を代理する権限があるものと信じて本件建物について本件各担保権の設定契約を締結した経過は前記3(二)で認定したとおりであり、当時、虎吉が病床にあったことは前記5(一)(1)で認定したとおりである。

(5)そうすると、水野副四郎も被告金庫の場合とほぼ同じように虎吉の意思を確認するために取引上必要な注意を払ったものと言うことができるから、被告ミツエに本件各担保権設定契約締結の代理権があると信じるについて正当の理由があったものと言うべきである。すでに排斥した証拠を除き、他に右認定を左右する証拠はない。

右に説示したとおり、被告日東商会に対する関係でも被告ミツエの表見代理行為が成立するところ、〈証拠〉によれば、右に認定した本件各担保権設定契約すなわち被告日東商会の抗弁一記載の各契約に基づき本件建物について被告日東商会の各担保権の設定登記がなされたものであることが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、虎吉に対する関係でも右各登記は有効なものであるから、原告玉江の抹消請求は理由がない。

6、被告日東商会の代物弁済予約完結権の行使について判断する。

(一)被告日東商会は抗弁二のとおり同被告と菊水商事との間に金銭消費貸借が成立したと主張するけれども、〈証拠〉を総合すれば、右抗弁と年月日および金額において符合する丙第二号証の一ないし六の手形の振出は、その以前に菊水商事が被告日東商会から継続して割引を受けていた手形の何通かが不渡になったので、その書替もしくは更改として振出されたものであることが認められる。してみれば丙第二号証の一ないし六の存在は直ちに被告日東商会主張のような金銭消費貸借の成立を意味するものとは認められず、他に、そのような金銭消費貸借の成立を認めるに足る証拠はない。

(二)もっとも、右認定事実および前掲丙第一号証によれば、継断的金融取引の一環として、菊水商事は被告日東商会に対して少なくとも各手形の満期後はこれの償還義務ないし、不渡による買戻義務を負担するに至ったことは認められないではなく、かかる債務もまた本件各担保権の被担保債権と約定されていたことは丙第一号証によって明らかであるから、念のため、代物弁済予約完結の有無について判断する。

被告日東商会は本件建物について根抵当権の設定を受けているものであるから、同時に締結された代物弁済契約は、丙第一号証によれば停止条件付代物弁済契約のように解される箇所もないではないが、丙第一号証の全体を通じてみれば代物弁済の予約であることは否定できない。被告日東商会は昭和三九年五月三日到達の内容証明郵便によって虎吉に対して代物弁済予約完結の意思表示をしたと主張するけれども、丙第三号証の五月二日付内容証明郵便は、五月六日までに元金二〇六万円とその利息の弁済がないときは、本件建物の「抵当権実行による売得金を以て充当するか、又は代物弁済による所有権移転を致します」と記載した通告書にすぎず、同書面の趣旨は履行の催告の域を出ないから、これによって予約完結の意思表示がなされたものとは言えない。そして、他に被告日東商会主張のような予約完結の意思表示がなされた事実を認めるに足る証拠はない。

(三)なお付言すれば、前掲丙第一号証によれば、本件代物弁済予約は継断的金融取引契約上の債権を担保するためのものであることは明らかであるから、仮に、後日あらためて代物弁済予約完結の意思表示がなされたとしても、特段の事情がないかぎり、虎吉もしくはその実体上の権利・義務の承継人は、被担保債権と本件建物の時価との差額を清算金として被告日東商会に対して支払を求めることができる筋合である。しかもこの清算金の支払と代物弁済予約を登記原因とする仮登記の本登記義務との間には同時履行の関係が存在する場合もあり得る。したがって、被告日東商会の被担保債権の発生原因と数額(金銭消費貸借であれば、とくに利息制限法超過利息の支払と充当関係)については明確な主張を要することは言うまでもない。

(四)以上のとおり、被告日東商会の本登記については、被担保債権および予約完結のいずれの点においても、その抗弁事実を認めることはできないから、本登記はけっきよく原因を欠き、原告玉江の抹消請求はこの点に関する限り理由がある。

二、第二事件について被告日東商会の請求に対する判断

前記一で判断したとおり、被告日東商会が本件建物について代物弁済予約を締結し、これを登記原因とした本件所有権移転仮登記を経由した行為は、いずれも表見代理として虎吉にその効力を及ぼすものであるけれども、被告日東商会の本件代物弁済予約完結による本件建物の所有権取得の点は、これを認めることができないものである。

したがって、本件建物の所有権者であることを前提とした被告日東商会の第二事件請求は抗弁事実について判断するまでもなく失当である。

三、第三事件について原告片岡の請求に対する判断

1.原告片岡が本件土地を所有している事実は全当事者間に争いがなく、被告ミツエ、同佐藤が本件土地上の本件建物を原告片岡主張のとおり占有して、その土地部分を占拠している事実も、両被告の自白するところである。

2.被告ミツエ、同佐藤の各抗弁のうち、虎吉が本件土地の所有者であり賃貸人であった豊田シヅの承諾を得て昭和二三年九月一〇日武藤光義から本件土地の賃借権を譲受けた事実も原告片岡との間で争いがなく、〈証拠〉によれば、虎吉は同日本件建物についての所有権移転登記を経由していることは明らかである。そして、昭和三九年九月二日虎吉が死亡し、原告玉江が単独で相続したこと、被告ミツエは原告玉江の母であることはいずれも記録上明らかである。

また被告佐藤が虎吉代理人被告ミツエから本件建物占有部分を賃借した事実は原告片岡との間で争いがない。

3.原告片岡は、再抗弁として、本件建物の所有権は代物弁済により虎吉から被告日東商会に移転したと主張するけれども、前記一で判断したとおり、そのような事実は認めることができない。したがって、右建物所有権の移転を前提とした前示2の本件土地賃借権の移転、消滅も理由がないことに帰するから、被告ミツエ、被告佐藤はいずれも原告玉江が相続によって承継した本件土地の賃借権をもって原告片岡に対抗できる筋合である。

原告片岡の被告ミツエ、同佐藤に対する本訴請求はいずれも理由がない。

4.原告片岡と被告日東商会との間では、本件建物が被告日東商会の所有であることについて自白が成立しているので、これに基づいて判断するのに、被告日東商会の主張するような使用借権の発生もしくは明渡の猶予の事実を認めるに足る証拠はないから、本件土地所有権に基づく原告片岡の被告日東商会に対する本訴請求は理由がある。

四、結論

以上のとおり、原告玉江の第一事件に関する請求は、被告日東商会に対する所有権移転登記の抹消登記請求および被告共栄商事に対する各抹消登記請求に限って認容し、その余は棄却することとし、被告日東商会の第二事件に関する請求は全部棄却し、原告片岡の第三事件に関する請求は被告日東商会に対する請求に限って認容し、ただし仮執行宣言は附けないこととし、その余の請求を棄却することとし、民事訴訟法九二条本文、九三条一項本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本和敏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例